活動履歴

新年の挨拶
新年あけましておめでとうございます。
筑紫野市に暮らす皆さま、そして日頃から市政に関心を寄せ、支えてくださっているすべての皆さまに、心より新年のご挨拶を申し上げます。
2026年という新しい年を迎え、私自身改めて
「政治とは何のためにあるのか」「誰のためにあるのか」
を強く自問しています。
それは決して抽象的な問いではなく、日々市民の皆さんから寄せられる声、相談、怒り、そして希望の一つひとつから突きつけられる、非常に現実的な問いです。
「普通に暮らすこと」が難しくなった時代
いま私たちは、「一生懸命働いて、子どもを育て、地域で暮らす」という、かつては当たり前だった人生設計が、決して簡単ではない時代に生きています。
物価は上がり続け、光熱費や食費は家計を直撃しています。
非正規雇用や単身世帯、ひとり親家庭、高齢者世帯にとっては「少しの値上げ」が「生活の継続を揺るがす問題」になっています。
「頑張っているのに、報われない」
「努力しても、先が見えない」
そうした声を、私は議員になる前から、そして議員になってからも、数えきれないほど聞いてきました。
政治は本来、こうした声を“自己責任”で片付けてはいけないはずです。
社会の構造によって生まれた困難は、社会全体で引き受け、支え合う。
そのためにこそ、自治体があり、議会があり、政治家がいるのだと、私は考えています。
子育ては「個人の選択」ではなく「社会の基盤」
私は二人の子どもを育てるシングルマザーとして、子育ての現実を日々生きています。
時間的にも、経済的にも、精神的にも、決して余裕のある状況ではありません。
それでも、子どもは「未来」そのものです。
子どもが安心して育つ環境を整えることは、福祉でもあり、教育でもあり、経済政策でもあります。
にもかかわらず、日本社会では長い間、子育ては「家庭の責任」「親の自己努力」に委ねられてきました。
その結果、少子化は止まらず、子育て世代の孤立は深まり、支援が必要な家庭ほど声を上げづらい構造が続いています。
私は議員になってから、「病児保育」「ひとり親支援」「子ども食堂」「相談支援」「居場所づくり」等といったテーマを、福祉の枠を超えて、地域づくりの視点から議会で訴えてきました。
これらを「点」ではなく「面」でつなぎ、支援を必要とする人が、支援にたどり着ける仕組みを、さらに具体化していく年にしたいと考えています。
福祉を守るために、経済を育てる
私は「福祉を大切にする政治家」でありたいと同時に「経済から目を背けない政治家」でありたいと思っています。
福祉は、本来「人を思う心」からはじまるものです。その土台がなければ、どんな制度も意味を持ちません。
ただ、その思いを一過性のものにせず、必要な人に、必要な時に、きちんと届け続けるためには、仕組みとして支える力も欠かせません。
その思いを継続的な支援として形にし、誰一人取り残さないためには、制度と仕組みの裏付けが必要です。
私は、その両方を大切にする政治を目指しています。
だからこそ私は、商工業、観光、地域資源の活用といった分野にも力を入れてきました。
地場産業が元気になり、地域でお金が回ること。
それが結果として、子育て支援や高齢者福祉、教育への投資につながります。
「観光や商工は一部の人のためのもの」ではありません。
地域で働く人、暮らす人すべての生活を支える“土台”です。
筑紫野市の持つ歴史・自然・温泉・文化といった資源を、住民の誇りと収入につながる形で活かす取り組みを、さらに前に進めていきます。
声の大きさではなく、切実さを基準に
議会の中では、声の大きい意見や、既存の力関係が優先されがちです。
しかし私は常に、「一番困っている人の声は、どこにあるのか」を基準に考えてきました。
- 制度の狭間で支援を受けられない人
- 相談する相手がいない人
- 「迷惑をかけたくない」と声を飲み込んでいる人
政治は、そうした“沈黙”にこそ、耳を澄ませる必要があります。
市役所の中だけでなく、地域に足を運び、現場で話を聞き、市民の皆さんと同じ目線で考える政治を続けていきます。
批判も対話も、逃げずに受け止める
政治家として活動する中で、賛同だけでなく、批判や厳しい意見をいただくこともあります。
後ろから撃たれることだってあります。
それは決して心地よいものではありませんが、私はそれを「民主主義の健全さ」だと受け止めています。
同じ地域に暮らし、同じ未来を生きるからこそ、意見が違うのは当たり前です。
大切なのは、違いを排除することではなく、対話を重ねることです。
2026年も私は、立場や考えの違いから逃げず、誠実に説明し、納得してもらう努力を惜しまない政治家でありたいと思っています。
次の世代に、ツケを残さない
いまの政治には、「いまを乗り切るために、未来を犠牲にする」判断があまりにも多く見られます。
借金、環境負荷、制度の先送り。
それらはすべて、次の世代への“請求書”です。
私は、子どもを育てる親として、「この社会を、どんな形で子どもたちに手渡すのか」という視点を、決して手放したくありません。
2026年は、短期的な人気や都合ではなく、10年後、20年後を見据えた選択を、地方から積み重ねていく年にしたいと考えています。
最後に
政治は、決して特別な人のものではありません。
日々の暮らしの延長線上にあるものです。
だからこそ私は、これからも「誰かの代わりに怒り、誰かの代わりに声を上げる政治家」であり続けたいと思います。
2026年が、不安よりも希望を語れる年に、分断よりも支え合いを選べる年になるよう、一歩一歩、皆さんと共に進んでいきたい。
本年もどうぞ、率直なご意見をお寄せください。
そして、共に考え、共に悩み、共に未来をつくっていきましょう。
皆さまのご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。
2026年 元日
筑紫野市議会議員
春口あかね
