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【子どもの7人に1人が貧困、ひとり親世帯2人に1人が貧困をどう解決すべきか】

序論
日本のひとり親世帯(特に母子世帯)は、平均年収が272万円と低水準であり、子育てと生計の両立に苦しむケースが多い 。所得分布を見ると、母子世帯では年収「100~200万円」の層が20.5%で最も多く、次いで「200~300万円」が18.3%と続いており、約3割が年収200万円未満に留まっている 。このような低所得の背景には、就労機会の制約に加え、税制や社会保障制度におけるいわゆる「年収の壁」が就労意欲を削いでいる現状が指摘される 。本稿では、ひとり親家庭支援策の現状と課題を分析し、就労促進・所得控除拡大・社会保険料補助・子育て環境整備の四本柱からなる包括的政策モデルを提言する。提言では、年収の壁を緩和しひとり親の就労と収入向上を図ることで、公的扶助支出の削減や税収・保険料収入の増加を財源根拠とし、長期的には貧困の連鎖断ち切りと経済活性化につなげることを示す 。
現状分析
ひとり親家庭への主な支援策と財政規模
日本では児童扶養手当、税制上の優遇措置、就労支援策、保育支援策など、ひとり親家庭を対象とした様々な公的支援が実施されている。
- 児童扶養手当(児童扶養手当法): 父母の離別や死亡、未婚の母等によってひとり親となった家庭の児童(原則18歳まで)を対象に支給される手当である。支給額は子1人の場合月額最大4万4,140円(所得に応じて1万円程度まで減額)で、第2子以降は加算 。所得制限が設けられており、従来は年収ベースで約160万円以下で全額支給、約365万円で支給停止となっていたが、令和6年度に制限引き上げが決定され(後述)現在は約190万円以下で全額支給、385万円で停止となる 。児童扶養手当の受給者は約81.9万人(母約77.6万人、父約3.9万人)にのぼり 、2024年度当初予算における国費ベース支出は1,493億円と大きい (同事業費の2/3は自治体負担であり、全体の支給規模は約4,500億円に達する)。これはひとり親支援策の中核であり、多くの家庭の生活を下支えする一方、所得制限による「働き損」の懸念も指摘されてきた。
- 税制上の優遇(ひとり親控除等): 税制面では、2020年の税制改正で婚姻歴を問わず一定の要件を満たすひとり親に35万円の所得控除(住民税では30万円)が適用される「ひとり親控除」が創設された 。控除の対象は合計所得500万円以下 の納税者で、これにより年約3.5万円×税率分の所得税・住民税負担が軽減される(税率10%の場合で年約3.5万円の減税効果 )。従来からある寡婦控除(27万円、一定要件)も統合され、未婚のひとり親にも適用されるようになった点で意義は大きい。また地方税においても非課税措置や均等割減免など、低所得ひとり親に対する優遇策がある。こうした税制優遇は直接給付ではないものの、税負担を軽減することで可処分所得を底上げし、自立を支える効果が期待されている。なお、政府は今後ひとり親控除の所得要件緩和(所得上限500万円→1,000万円)や控除額引上げ(35万円→38万円)を要望しており 、さらなる税制支援拡充の動きもみられる。
- 就労・自立支援策: 低所得のひとり親が安定した職に就き、自立できるよう各種の就労支援策が講じられている。全国の自治体には「母子家庭等就業・自立支援センター」が設置され、職業紹介や資格取得相談、就業支援プログラムの作成などを実施している。また、ひとり親の職業訓練を経済的に支援する給付金制度も整備されている。代表的なものに高等職業訓練促進給付金(看護師や保育士など長期養成が必要な資格取得中のひとり親に対し月額10~14万円程度を支給)や、自立支援教育訓練給付金(専門性向上のため指定講座を受講する費用の一部補助)がある 。さらに就業に有利な資格取得を支援するため、受講期間中の保育料減免や、就業後一定期間の家計支援(例:就労促進住宅や家賃補助)など自治体独自の施策も行われている。こうした就労・能力開発支援事業には国庫補助も充てられており、2024年度予算では「母子家庭等対策総合支援事業費補助金」として163億円が計上されている 。
- 子育て・生活支援策: ひとり親世帯の子育て負担を軽減するため、保育や生活面での支援策も多岐にわたる。保育分野では待機児童対策と費用負担軽減が進められており、2019年から幼児教育・保育の無償化が開始された。現在、3~5歳児は全世帯で月額3.7万円までの保育料が無償、0~2歳児も住民税非課税(低所得)世帯なら月額4.2万円まで無償で利用できる 。ひとり親世帯の多くはこの非課税要件を満たすため、実質的に就労に必要な保育サービスを無料で利用できる場合が多い。また学童保育(放課後児童クラブ)の拡充や、ひとり親優先入所の措置、児童育成手当(自治体独自の子育て手当)支給、医療費助成(ひとり親家庭等医療費助成制度)など、地方自治体レベルの支援も充実しつつある 。これら子育て支援策への公的支出は近年拡大傾向にあり、ひとり親家庭の生活環境改善に一定の成果を上げている。
以上のように、我が国では直接給付(児童扶養手当)と税の優遇、就労・能力開発支援、保育・生活支援を組み合わせた多面的な支援策が講じられている。財政規模の大きい児童扶養手当 を中心に、年間数千億円規模の公的資源が投じられているが、それでもなおひとり親世帯の貧困率は高く、十分な効果を上げていないとの指摘がある。その一因として、次に述べる「年収の壁」による就労抑制と、それに伴う所得低迷が問題視されている 。
https://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0741.html#:~:text=Image%3A%20有配偶女性の給与収入分布
年収の壁がもたらす労働抑制と所得停滞の実態
パートタイム等で働く低所得者にとって、所得税や社会保険料が課され始める一定の年収水準が「壁」となり、これを超えると手取り収入が目減りするため労働時間を抑制してしまう現象が知られている 。特に配偶者の扶養内で働く既婚女性の間で顕著な問題だが、扶養者のいないひとり親においても、税や手当の所得制限が就労インセンティブに影響を与えている。
日本では伝統的に「103万円の壁」と「130万円の壁」が指摘されてきた 。103万円は給与所得者の場合、基礎控除48万円と給与所得控除55万円を合計した課税最低限(年収103万円以下なら所得税が非課税)である。加えて、多くの自治体で住民税非課税となる目安も年収100万円前後に設定されているため、年収を100万円以下に抑えると所得税・住民税ともゼロとなり「非課税世帯」となるメリットが大きい 。実際、住民基本台帳データを用いた分析によれば、給与収入の分布は100万円付近に山があり、103万円をわずかに超えると頻度が急減している 。これは多くの人が「103万円を超えると損」と認識して労働調整していることを示しており、たとえ税負担増がわずか(103万円超えて課される所得税5%+住民税10%で年収ベース数万円程度 )であっても心理的な壁として機能している。
一方、「106万円の壁」と呼ばれるラインも近年注目されている。これは社会保険(厚生年金・健康保険)の適用拡大により、週20時間以上勤務など一定条件を満たす労働者は年収106万円以上で被用者保険への加入義務が生じる基準である。ただし106万円については、前述のとおり多くの人が103万円以下に抑えて働いているため分布上顕著な不連続はみられないとも報告されている 。実質的な次の大きな壁は「130万円の壁」である。年収が130万円を超えると、(1)それまで扶養家族として配偶者の健康保険に無料で加入できていた人は自分で国民健康保険等に加入し保険料負担が発生し、(2)国民年金についても第3号被保険者(扶養配偶者として保険料負担免除)から外れて自身で年金保険料を納めねばならなくなる 。一般的なケースで言えば、年収130万円までは社会保険料の自己負担は0円だった人が、130万円を少しでも超えると年間約27万円の保険料負担が新たに生じると試算される (厚生年金・健保両料の合計、労使折半後の本人負担分)。この「130万円超で約30万円の負担増」という急激な手取り減少幅は非常に大きく、配偶者手当(会社から支給される扶養手当)の喪失等も重なると下手に130万円台前半で働くよりも130万円未満に収めた方が世帯手取りが増えるという逆転現象すら起こり得る 。このため多くのパート労働者が130万円未満で勤務時間をセーブし、「壁の手前」で働き控える行動が蔓延してきた。
ひとり親世帯の場合、配偶者の扶養という形ではないものの、税制・手当の二重の壁が存在する。例えば母子家庭で児童扶養手当を満額受給している人が年収160万円を超えると手当が減額され始め、200万円台後半で手当受給額がゼロになる 。手当減額分は事実上の「高い税率」のように働き、所得が上がっても可処分所得の伸びを相殺する。さらに年収200万円を超えるあたりで住民税の均等割・所得割が課税となり、社会保険料も発生していれば手取りへの影響は一層大きい。こうした複合的な要因により、シングルマザーの中には「手当や非課税の恩恵を失うくらいならこれ以上働かない方がマシ」と判断してしまうケースもあると考えられる 。結果として、就労意欲のあるひとり親であっても年収100~150万円程度のパート就労に留まり、それ以上の収入を得られず貧困から抜け出せないという「低収入のトラップ」に陥りがちである。
近年、政府もこの問題を重視し始めた。令和5年10月には「年収の壁・支援強化パッケージ」と称して、壁を超えて社会保険加入する際の支援策が講じられている。具体的には、106万円や130万円をわずかに超えて勤務先の社会保険に加入した短時間労働者に対し、キャリアアップ助成金等を活用して事業主が賃金を増額するよう促すとともに、被扶養から外れる条件緩和(収入増が一時的な場合は引き続き2年間扶養認定する措置)などが実施されている 。しかしこれらは暫定的・限定的な対応に留まっており、根本的な解決策とは言えない。ひとり親を含む就労希望者が安心して収入を増やせる環境を整えるには、さらなる制度改革と支援策の拡充が必要である。
以上の現状分析から、ひとり親家庭の経済的自立を阻む要因として十分な支援策がありながらも制度上の壁が労働供給を抑制し所得向上を妨げている構図が浮かび上がる。次章では、これらの課題を克服し、ひとり親世帯の就労拡大と所得向上を実現するための新たな政策モデルを提案する。
包括的支援策の提案: 就労促進・控除拡大・保険料補助・子育て環境整備
本章では、ひとり親家庭の貧困解消に向けた包括的政策パッケージを提言する。これは就労促進、所得控除の拡大、社会保険料負担の補助、子育て環境の整備という四つの柱から構成される。以下に各施策の狙いと具体策を示す。
- (1)就労促進策: ひとり親の安定就労を後押しするため、職業訓練から就職・キャリアアップまで一貫した支援を強化する。具体的には、現在の自立支援プログラムや職業訓練給付金の対象拡充・支給額引き上げを図り、より多様な職種で正規雇用への移行を促す 。特に資格取得支援については、看護・介護等の長期養成のみならずIT・事務系など民間資格にも支援を広げる ことで、ひとり親が希望する分野で専門技能を身につけられるようにする。また企業側へのインセンティブも強化し、ひとり親を積極的に雇用し正社員登用した企業に対する助成金の拡充や税額控除措置を講じる。これは現在一部行われている母子家庭の母優先雇用施策を全国規模で推進するものだ。さらに、就労と子育ての両立を図るためテレワークやフレックスタイム制の導入企業への支援(設備投資減税等)を拡大し、ひとり親が働きやすい柔軟な労働環境の整備を促進する 。以上の就労促進策により、ひとり親の就業率(現在母子世帯86.3% )の質的向上(非正規から正規への転換や勤務時間増)を図り、稼働収入の底上げを目指す。
- (2)所得控除の拡大: 税制面では、ひとり親控除のさらなる拡充と低所得勤労世帯への税額控除(給付付き税額控除)の導入を提案する。まず、ひとり親控除については現行35万円を少なくとも50万円程度まで引き上げ、対象所得上限も緩和して中所得層まで含めることで、勤労インセンティブを高めつつ子育て費用を税制面で支援する(政府も控除38万円への引上げを検討中 であり、これを一層上回る拡充を図る)。さらに、所得税から控除しきれない低所得層に対しては給付付き税額控除(いわゆるEITC)の仕組みを導入し、一定の勤労収入があるひとり親に現金給付を行う。例えば年収○万円~○万円の帯に属するひとり親に対し、所得に応じた段階的給付を行うことで、手当が減額される層の可処分所得を補填し就労継続を後押しする。この制度は欧米で労働貧困対策として有効性が証明されており、日本でも低所得ひとり親世帯の貧困緩和に資するものと期待される 。なお住民税非課税世帯に対する各種減免(医療費・公共料金等)も、控除拡大によって非課税から外れる世帯が出ても急に支援打ち切りとならぬよう経過措置を設けて段階的に縮小する。これにより「非課税のメリット」を理由とする就労抑制の動機を弱める狙いがある。
- (3)社会保険料負担の補助: 年収の壁の最大の要因である社会保険料負担増に対処するため、社会保険料の一部公的補助制度を創設する。具体的には、一定以下の低所得ひとり親が厚生年金・健康保険に新たに加入または加入後間もない場合、所得が所定水準に達するまでの数年間は保険料の本人負担分の○割を国が補助する制度である。例えば年収130万円を超えて厚生年金等に加入した直後2年間は本人負担保険料の半額を国庫補助し、その後2年間は補助率を25%に縮小、といった形で段階的に自己負担に移行させる(詳細な補助率・期間設計は財政中立性を考慮しつつ検討)。これにより、年収130万円付近で約27万円も増える社会保険料負担 を一時的に緩和し、「手取りが減るから加入しない」という事態を防ぐことができる。同様の発想で、年収106万円付近で社会保険適用となるケースにも一定の補助を設け、従来は発生しなかった年約16万円の負担増 による手取り減を補填する。これらの補助措置は在職ひとり親に限定し、公的扶助受給中の者にはまず就労支援を優先する(既に就労収入があり保険料負担で壁に直面する層を狙い撃つ施策)。財源は後述のように、将来的な税収増・扶助費削減分で十分カバー可能であるが、中長期的には制度そのものの見直し(例:被扶養配偶者の第3号年金制度の廃止検討 )も視野に入れつつ、当面は移行措置的に保険料補助を行うのが現実的である。
- (4)子育て環境の整備: ひとり親が安心して働けるよう、子育て支援サービスの量的拡充と質的向上を図る。まず保育所の定員拡大と多様な保育ニーズへの対応である。待機児童が多い都市部を中心に保育所や学童保育の整備を加速し、特に夜間・休日保育や病児保育といったひとり親が働く上で必要となるサービスを充実させる。財源確保のため企業主導型保育の活用や自治体間での入所調整の柔軟化を進め、ひとり親優先入所のルールも全国で徹底する。また保育料のさらなる負担軽減策として、現在0~2歳は非課税世帯のみ無償となっている枠 を年収360万円程度まで拡大し(例:年収360万円未満世帯も無償化 )、就労による収入増で保育料負担が逆に重くなる逆転現象を防ぐ措置を講じる。加えて、養育費(離別した相手からの子ども扶養費)の確保も重要な課題である。現在、養育費受取率は母子世帯でわずか19.7%(取り決めがある場合)に留まる 。これを改善するため、離婚時の公正証書作成支援や養育費保証制度の創設などを提案する 。政府も養育費確保支援事業に着手しており(2024年度予算0.8億円 )、弁護士費用の補助や代理徴収制度の整備を進めるべきである。同時に住宅支援として、ひとり親向け公営住宅の優先入居枠の拡大や家賃補助(住宅確保給付金の拡充)も検討する。子育てと生活基盤双方への切れ目ない支援により、ひとり親が「働きながら安心して子どもを育てられる環境」を整備することが本施策の狙いである 。
以上、四本柱の政策により、ひとり親家庭の就労機会拡大と可処分所得向上を包括的に支援する。これら提案の実施に当たっては当然財源の裏付けが必要となるが、次章で示す試算のとおり、本モデルは短期的な公的支出増を伴うものの中長期的には十分な財政効果(増収・減支)を生み出し得ることが期待される。
提案政策の財政試算と長期的効果
年収250~300万円への底上げによる財政効果
提案施策の目標は、現在年収150万円前後に留まっているひとり親世帯の多くを年収250~300万円以上の水準へ底上げすることである。これはパート収入からフルタイム収入への転換を意味し、世帯の生活基盤が飛躍的に安定するのみならず、公的財政にも様々な好影響を及ぼす。以下、主要な効果について試算・概算する。
- 児童扶養手当支出の削減: 現在児童扶養手当を受給している母子世帯は約77.6万世帯にのぼる 。平均支給額を年間約50万円弱とみると、公費負担(国+自治体)は総額で少なくとも4,000億円台に達する。年収が250~300万円に向上すれば、多くの世帯が所得制限により手当支給額の減額・支給停止となる。極端なケースではあるが、仮に受給世帯の半数(約38万世帯)が手当不要となれば、年間約1,000~1,500億円規模の財政支出削減となる計算である(残る世帯も所得増に伴い支給額が漸減するため、削減額はさらに大きくなる)。実際には段階的な変化となるが、児童扶養手当への公的支出は大幅な圧縮が可能である。
- 生活保護等扶助費の削減: ひとり親世帯の約9.3%(母子世帯10世帯に1世帯弱)が生活保護を受給している 。令和3年度時点で母子世帯の保護受給者数は約10.3万世帯に上り 、その扶助費は住宅扶助や医療扶助を含め1世帯あたり年150~200万円程度と推計される。これら世帯のうち、就労自立が可能な層が年収250万円以上の収入を得れば生活保護から脱却できるケースが多い。仮に受給世帯の半数(5万世帯強)が保護を脱却すると、年間で少なくとも750~1,000億円規模の支出減(生活保護費)が見込まれる。残る受給世帯についても、就労収入の増加により保護費の一部が減額調整されるため、全体として公的扶助費の大幅圧縮につながる。また生活保護以外にも、自治体の就学援助や住宅手当など所得要件を設けた福祉施策が数多くある。ひとり親の収入向上によりこれら付随的支出も減少し、中長期的には福祉依存から自立への転換による財政コスト削減効果は計り知れない 。
- 税収の増加: 所得向上に伴い、ひとり親世帯からの所得税・住民税収入が増える効果も無視できない。年収150万円程度では所得税・住民税ともほぼ非課税となるが 、年収300万円まで増加すれば所得税5%、住民税10%の課税対象となる(控除適用後の課税所得にもよるが概算で年10~20万円程度の税負担増)。仮に20万人のひとり親が新たに課税所得を得るようになれば、年間200~400億円超の直接税収増が期待できる計算である。さらに消費支出の拡大による消費税収の増加や、収入増に伴う住民税非課税世帯減少で自治体が負担する国民健康保険料の減免額縮小などの間接的な歳入増効果も見込まれる。
- 社会保険料収入の増加: 提案(3)で一時的補助は行うものの、中長期的にはひとり親の大半が厚生年金・健康保険に加入し保険料を納付することになる。年収250~300万円の労働者1人あたり年間社会保険料(本人負担)はおよそ40~50万円規模であり、その半分は事業主負担分として別途徴収される。仮に10万人のひとり親が新規に被用者保険へ加入すれば、本人負担分だけで年間約500億円の社会保険料収入増、事業主負担分も含めれば約1,000億円の増収が年金・医療保険財政にもたらされる計算である。これは将来の年金給付権利の発生も意味するが、少なくとも無年金・低年金で将来生活保護に陥るリスクを減らす点で社会的意義がある。厚生年金の被保険者が増えることで国庫補填の必要性も緩和され、長期的には公的年金財政の安定化にも寄与する。
以上を総合すると、ひとり親の所得向上に伴う「支出削減+収入増」効果は、短期でも年間数千億円規模に達する可能性がある。児童扶養手当・生活保護費の減少だけでも合わせて数千億円 、さらに税収・保険料収入増を加味すれば、政府が本提案を実施するための財源は充分捻出可能と言える。むしろ初期投資としての支援策強化により、中長期的には財政が好転する**「費用対効果の高い施策」**と位置付けられる。
財源と長期的経済効果の展望
提案政策の財源は上記の増収・減支効果で概ね裏付けられるが、施策実行にあたっては一時的な予算措置も必要となる。就労支援や保険料補助に要する経費について試算すると、ひとり親1世帯あたり年間数十万円規模の支援を行っても、対象を例えば20万世帯程度に絞れば年間数百億~1,000億円程度に収まる。これは児童扶養手当や生活保護費の削減で十分相殺でき、数年以内にペイする投資となろう。また、これら支援策により就労者が増えることで新たに生み出される付加価値(GDP)も期待できる。低所得ひとり親が就労と消費を拡大すれば内需刺激効果が生じ、企業収益や税収の増加につながる。さらに、子どもの貧困状態が改善し教育投資が増えれば、将来世代の生産性向上という波及効果もある。ある推計によれば、子どもの貧困を放置した場合に社会全体が被る損失は将来的に40兆円超とも言われ 、政府の財政負担も累計16兆円増加するとの試算がある 。逆に言えば、今積極的に投資し貧困の連鎖を断てば将来数十兆円規模の国民所得・財政負担を改善できるということである。この観点からも、本提言に沿った施策は費用対効果が極めて高く、次世代への先行投資と位置付けられる。
さらに長期的な効果として、ひとり親家庭の貧困改善は子どもの健全育成と人的資本の蓄積に資する。経済的に安定した環境で育った子どもほど高等教育進学率や将来所得が高まる傾向が各種研究で示されており、貧困の世代間連鎖を断つことは将来の生活保護等社会保障給付の需要抑制にもつながる 。また、女性の就業拡大は労働力人口の維持にも寄与し、日本経済の成長力底上げに欠かせない。ひとり親支援を強化し潜在労働力であるシングルマザーの能力を最大限発揮してもらうことは、少子高齢化に直面する日本社会において極めて合理的な政策選択といえよう。
以上より、本提案モデルに必要な財源は当初数年間の重点投入後、増収・歳出削減により自己完結的に賄える見通しであり、長期的には国・自治体の財政健全化や経済成長にも資する「先行投資型」の政策パッケージとなっている。
結論
本稿では、日本のひとり親家庭の現状を踏まえ、行政向けかつ学術的厳密性をもって包括的な政策提言を行った。児童扶養手当や税制優遇、就労支援、保育支援といった現行施策は一定の効果を上げているものの、依然としてひとり親世帯の多くが貧困ラインを下回り、就労抑制要因(年収の壁)も残存している 。これを打開するため、就労機会拡充・所得控除拡大・社会保険料補助・子育て環境整備の四本柱からなる政策モデルを提示し、財政面の試算を示した。提言のポイントは、「働き損」の解消によってひとり親の就労と収入を引き上げ、公的扶助から自立への転換を促す点にある。年収250~300万円への底上げは当人と子どもの生活安定に直結し、公的支出の大幅削減と税・保険料収入の増大をもたらす 。長期的には貧困の世代間連鎖を断ち切り、40兆円規模とも言われる社会的損失を回避できる可能性がある 。
本提言は学術的エビデンスと政策試算に基づくものであり、政府・自治体に対して具体的な制度改革の方向性を示すものである。重要なことは、部分的な対症療法ではなく包括的かつ継続的な支援戦略として実行することである。ひとり親家庭の貧困問題は当事者の努力だけでなく社会全体の支え合いが不可欠であり、今回提案したような抜本策により初めて解消への道筋が開ける。十分な支援が行き届き、ひとり親の方々が安心して働き子育てできる社会を実現することは、子どもたちの将来と日本社会の持続可能性にとって極めて意義深い。今こそ政府は本提言も参考に、思い切った政策転換と予算投入によってひとり親家庭の自立と活躍を後押しすべきである。それがひいては「誰も取り残さない」包摂的な経済成長と、次世代への最良の投資につながると結論付けたい 。
参考文献: 本稿で使用したデータ・文献は、厚生労働省「全国ひとり親世帯等調査」 、こども家庭庁予算資料 、RIETI研究コラム 、日本財団報告 等。詳細は各出典表示箇所を参照。